謎の爺さん幸せを届ける2

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やり直しの今日 2幕

 

駅に着いた。駅前はコンビニ、居酒屋、ラーメン店、レストラン、100円均一ショップ、クリーニング店等々が並んで、そこそこ賑やかだ。

各店舗の看板は、赤と白、緑と白、青と白、赤と黒など色とりどりで「うちの店に来てくれ」と主張しあっているようだ。この看板達の主張のおかげで駅前は華やかさを増す。

俺は普段、自宅近くの駅に着いてから食事や買い物をするので、この駅は通勤に使うだけのものにしか過ぎない。賑やかではあるが、この駅しか無いといった特別なものもなく、自宅近くの駅と変わらないからだ。主張している看板には申し訳ないが、自宅近くの駅も主張は負けていない。

しかし、今日はこの駅で興味深いものを見つけてしまった。興味を持った理由は、今の俺の心境のせいで、看板の主張のおかげではない。

今日、店長に怒られてしまった事、高木さんにきつく当たった事、これからの仕事についての事等いろいろ悩んでいる心境のせいだ。

まっすぐ帰る気になれなかったので、駅を通りすぎて高架をくぐり、駅裏の少し人気がない通りを歩いていた。駅前から離れていくにつれ、主張する看板が少なくなってきた。青と白のコンビニの看板くらいしか見当たらなくなった時、そのコンビニの隣に気になる文字が見えた。

白い立看板に書いてある「手相鑑定」という黒い文字だ。電飾も無いブリキのような立看板で駅前の看板のような強い主張はない。

青と白のコンビニの看板の灯りのおかげで「手相鑑定」の文字を見ることが出来る。

立看板の大きさは、幅1メートル位で、高さは俺の肩まである。この大きさなら明るい時間帯なら主張は強そうだ。

「手相鑑定」の文字の下には、手のひらのイラストがあり、そのイラストには生命線、頭脳線、感情線などの文字が書かれてある。他に小さな文字が書いてあるが暗くて見えづらい。

イラストの下には人生相談、悩み相談と赤い字で書いてあり、続いて黒い字で仕事、健康、恋愛、結婚等文字が並ぶ。

少し興味があって、立看板を見ていた。一番下に赤い字で30分3000円と書いてあった。

俺はポケットから財布を取り出し中身を確認した。万札が2枚、千円札が2枚。

「万札を崩さないといけないなぁ」

小銭も確認してみようと小銭入れを見ようとした時、

「遠慮はいらんぞ、はよう入れ」

男の声が聞こえた。

恐る恐る声の聞こえてくる方向を見ると、70歳位の爺さんがドアから顔を覗かせていた。

「どうも」

俺はとりあえず挨拶をした。

「そんな挨拶は、どうでもいい。はよう入れ」

その爺さんは外まで出てきて、俺の右腕を掴んで中に入れようとした。

爺さんの頭は禿げ上がっていて、残っている髪の毛は真っ白でオールバックにしている。

服装はラフな感じで、少し季節外れのアロハシャツにジーパン姿だ。こんな時間なのにサングラスをしているのも無気味だ。

俺は抵抗した。俺の右腕を掴んでいる爺さんの右手を払った。

「ちょっと待って下さい。まだ決めていないんです」

この爺さんが手相家には見えないし直感的に怪しいと思った。手相家をしっかりと見たことはないので勝手な思い込みではあるが、俺の手相家の服装のイメージは正装だ。それと眼鏡はあっても、サングラスのイメージはない。

「わしは暇なんじゃ。頼むから入ってくれ」

爺さんが今度は俺の左腕を掴み、引っ張った。

勝手な主張をする爺さんだ。

「鑑定料、千円にしてくれたら入ってもいいですけど」

爺さんを諦めさせるつもりで、無茶な値切りを言ったつもりだったが、

「よし千円じゃな。わかった商談成立じゃ」

無茶ではなかったようだ。爺さんは値切りをあっさり承諾して俺の左腕を解放し握手をもとめてきた。

少し戸惑ったが、後に引けない状況になってしまった。俺は覚悟を決めて爺さんの差し出した右手を握りしめた。

「よろしくな」

爺さんは、にこやかな表情で、握った手を強く握り返してきた。

「よろしくお願いします」

俺は恐る恐る返事をして、握手した手をほどいた。

爺さんは右手でドアを開けて中へ入るように左手で促してきた。

「どうぞ入って」

爺さんはニッコリと笑った。

その笑顔が少し不気味で、俺は一呼吸おいた。少し不安が走ったが、それをかき消してから、爺さんの言われるがまま中に入った。

「失礼します」

室内に入ると以前は喫茶店だったのだろう。奥にはカウンターがあり、その奥の棚にはコーヒーを作る器具や食器が並んでいる。清潔に保たれたそれらは、まだまだ現役ですよとアピールしているように見えた。

今はここが喫茶店ではなく手相鑑定の場だとわかるのは、カウンターの上に立ててある数枚の手相のイラストを書いたボードと壁に貼ってある同じようなポスターだけだ。

カウンターの前に4人かけのテーブルが3つ並んでいる。

爺さんはドアを閉めた後、俺の背中を押して、手前のテーブル席の椅子に座るように促した。

「すぐに準備するから、少しくつろいでいてくれ」

「アイスコーヒーでいいか」

ことわる理由もないし、アイスコーヒーは有り難い。

「はい、お願いします」

爺さんはカウンターに入り、きれいに整理された棚からグラスを2つ取り出しカウンターに置いた。

隣のコンビニで買ったものだろうか、冷蔵庫から袋に入った氷と紙パックのコーヒーを取りだした。

手際よくグラスに氷を入れ、アイスコーヒーを注いだ。

「ミルクとシロップはいるか」

爺さんはカウンターの下にかがんでいて姿は見えず、声だけがした。

「はい」

「1個づつでいいな、本当はブラックの方がいいんじゃがな」

爺さんはカウンターから頭だけ出して、そう言った。

市販のパックに入ったコーヒーだ。ブラックにこだわる意味がわからない。俺に値切られた分、ミルクとシロップがもったいないとでも思ったのだろうか。

「はい、お待ち」

爺さんがアイスコーヒーのグラスをテーブルに置いて、ストロー、ミルク、シロップを無造作に手渡してきた。

「ありがとうございます。いただきます」

俺はアイスコーヒーにミルクとシロップを入れ、ストローで軽くかき混ぜ、喉が乾いていたので半分くらいまで一気に飲んだ。

「悩みでもあるのか」

爺さんが自分のグラスを片手にテーブルに向かいながら問いかけてきた。

「ちょっと仕事の事で悩んでまして」

「ヒッヒッヒッ、ありきたりな悩みじゃな。面白味に欠けるな」

爺さんは笑いながら俺の前に座った。

少しイラっとした。落ち着かせようとアイスコーヒーを口にした。

「仕事の事ねぇ、上司に怒られて、辞めようとでも思ったか。しかし、辞めてからの事を考えたら不安になって、前の看板を見ていたわけじゃな」

「まぁ、そんなところです」

「やっぱり、ありきたりな悩みじゃな。ヒッヒッヒッ」

そう言ってアイスコーヒーをストローを使わずにゴクゴクと飲んだ。

やっぱり入らなければよかった。この爺さんイライラする。しかし、入った以上、聞くことは聞いておこう。

「今の仕事を辞めた方が良いでしょうか」

アイスコーヒーを無意味にストローでかき混ぜながら聞いてみた。

「なんじゃ、辞めたいのか」

「辞めたいというか、もう無理かなと思いまして」

「そんなことは、自分で考えて決めるんじゃな」

爺さんは椅子にふんぞり返って、腕組みした。

「自分で決められないで悩んでいたから、ここの看板見ていたんです。自分で決められるなら、こんな所をウロウロしてませんよ」

「それじゃあ、わしが仕事辞めろと言ったら、辞めるのかい。続けろと言ったら続けるのかい」

「……」

そんな事言われてもなぁ。

「ヒッヒッヒッ、困った様子じゃな。とりあえず手相を見せてくれ」

爺さんがそう言って両手をテーブルの上に広げた。

俺も同じように両手をテーブルの上に広げた。

爺さんは胸ポケットから四角いルーペを出して、俺の左手をとり手相を見はじめた。

「これが生命線じゃ。しっかりした線をしている。体は丈夫そうじゃな。両親に感謝しろよ」

そう言った後、俺の顔をサングラスを下げて、ギロッとした目で睨んだ。

そう言えば、実家には長い間連絡もしていなかったなと思い、爺さんに睨まれたのが父親と母親から睨まれているかのような錯覚をおこしてしまった。

「せっかく、親に丈夫な体で産んでもらい健康に育ててもらったのに、君の生活が乱れているせいで、生命線に妨害するものが多く出てきている。他にも健康でない線がたくさんある。特に食生活は見直した方がいいな」

「俺、長生き出来ますか」

爺さんの話で少し不安になった。どこか体が悪いのだろうか。

「長生きできるかは、これからの君の生活次第だからわからん。今のところは大丈夫だろうがな」

少しだけ安心した。

爺さんは話を続けた。

「これが頭脳線でこれが感情線じゃ」

指でその線をなぞりながら説明してくれた。爺さんが手相家らしくなってきた。しかし、サングラスしたままで、手相が見えているのか不安だ。

「頭脳線に比べて感情線が強いし乱れているな。感情に支配されやすいな。多分君はバカだな。ヒッヒッヒッ」

「……なんでですか」

「冗談じゃ冗談じゃ、ヒッヒッヒッ」

また、イラッとしてきた。せっかく真面目に聞いているのに。

爺さんは笑いが止まらないようだが、堪えようと咳払いしてアイスコーヒーを飲んでから話し始めた。

「注意しないといけない事、それは怒りの感情などネガティブな感情が出た時じゃ。君はそれに支配されてしまって、冷静な判断が出来なくなるタイプじゃ。怒りの感情が出たら、その事を肝に銘じておけ。絶対に失敗するぞ」

爺さんは、そう言った後、又サングラスを下げた。

俺は今日の出来事を思い出した。高木さんの目を真っ赤にした顔を思い出して、うなだれてしまった。

「……」

「図星だったようじゃな。ヒッヒッヒッ」

「……」

「ヒッヒッヒッ、ヒッヒッヒッ、君がうなだれてる姿が情けなさすぎて笑いが止まらん。腹がよじれる。ヒッヒッヒッ」

この爺さん、他人の不幸を笑いやがった。本気でムカついてきて、テーブルの下から爺さんの足を思いきり蹴った。

「おっと、痛いじゃろ。そういう所を注意しないといけないんじゃ。すぐにカッとなって、見境が無くなる所じゃ。ヒッヒッヒッ」

俺は本気で腹が立っていた。このジジィに付き合えない。

「もう、帰ります。ほら千円」

俺は財布から千円札を取り出しテーブルにポイッと置いて立ち上がろうとした。

バーン!

「まだ終わってないんじゃ~」

爺さんがテーブルを思いきり両手で叩き、立ち上がり大声を出した。

テーブルが壊れるかと思った。爺さんのアイスコーヒーのグラスが床に落ち割れてしまった。俺のグラスは、慌てておさえたので無事だった。千円札は床にヒラヒラと落ちていって、こぼれたアイスコーヒーに浮かんだ。野口英世の顔が悲しそうに見えた。床を片付けないといけないと思ったが、そんな雰囲気ではない。爺さんがサングラスを下げて睨み付けている。

はり詰めた空気の中、数秒の沈黙があった。爺さんの口元が震えていた。

が、しばらくして爺さんの口角が上がっていくのがわかった。

「こうして失敗するんじゃ。ヒッヒッヒッ。わしも君と同じなんじゃ。カッとなると、見境が無くなる。そして取り返しのつかない事をしてしまう」

爺さんは無惨に砕け散ったグラスを見ながら言った。そして悲しそうな野口英世をテーブルの上に救いだした。

爺さんは、わざとやったのだろうか、それとも本当にカッとなって見境が無くなったのだろうか。

爺さんはカウンターに入り、ほうきとちりとり、雑巾を持ってきた。

「俺が掃除しますよ」

俺は立ち上がり爺さんから、ほうきとちりとりを受け取ろうとした。

「わしがやるから、君は座っていてくれ。自分の不始末じゃからな、自分でやらないとな」

爺さんは俺の肩を軽く叩いて椅子に腰かけるように促してきた。俺はおとなしく椅子に腰かけた。

「自分の不始末かぁ」

また、店長と高木さんの顔を思い出した。

その間、爺さんは床を掃除し、テーブルを片付けていた。

爺さんが新しくアイスコーヒーを入れ直してきれいになったテーブルに置いた。今度はブラックのようだ。ストローもない。野口英世はテーブルの上に布巾が広げられて、その上で乾かされている。野口英世はホッとした表情に変わった。

「さあ、気をとりなおして続きをやろうか」

爺さんがカウンターに立ててあった手相のイラストのボードを持ってきた。椅子に座り、イラストを指さしながら、手相の説明を始めた。

「これが運命線で、こっちが太陽線じゃ。君の手相は、これらの線が薄くて確認できないんじゃ。君の現在の仕事への取り組み、周りとの関係を表していると思うんじゃ」

「仕事はうまくいってるとは言えませんけど……。特に今日は……ダメでした」

「運命線が弱い、その意味は人によって違うのじゃが君の場合、仕事への意欲や志の弱さが原因じゃろう。太陽線が弱いのも、これも君の場合は、周りへの配慮が足りないからじゃろう。これを克服していかないといけない」

「克服すると言っても、どうしたら良いかわかりません」

「確かにそうじゃなぁ。うーん、どうしたもんかな」

爺さんが返答に困ったのか、腕を組んで下を向いた。

「そうじゃ」

今度は片手で軽くテーブルを叩いた。

「君がここに来る原因になった悩みや今日の事など具体的に教えてくれるか」

今日の事はあまり話したくないなぁ。

「そんな時間ないでしょ。もう30分過ぎてますし、これから話すと長くなりますよ」

「大丈夫、心配いらん。延滞料金を払ってくれればいいだけのことじゃ。ヒッヒッヒッ」

「千円しか出さないですよ。ほんと帰りますね」

これ以上話しても仕方ないとも思ったので、俺は席を立った。

「すまん、冗談じゃ。金なんか要らんよ。だから話してくれ。君のためになりたいんじゃ」

爺さんがテーブルに頭を擦り付けた。

爺さんはどこまでが本気なんだろう。頭を擦り付けているのも冗談のような気もするが、頭を下げられて無視するほど冷たい人間にはなれない。

「わかりました。じゃあお話しします」

俺は渋々だが話すことにした。仕事に前向きになれず楽しく感じない事、皆から取り残された気持ちで悩んでいる事を話した。そして今日の出来事、店長から怒られた事や高木さんにカッとなってしまい、きつくあたってしまった事。自分はもう必要ない人間のように感じて途方に暮れてしまっている事を話した。

「なるほど、なるほど、それでは君がこれからどうしたら良いか教えよう」

「何か良い方法でもあるのですか」

「簡単じゃ。君がこれから心掛ける事。それは笑顔でいる事とサービス精神を持ち他人を楽しくする気持ちを持つ事、現状に感謝する事じゃ」

「それだけですか」

「そうじゃ」

「それだけで大丈夫ですかね」

「それだけと言っても、君は今日全く出来てなかった事だと思うぞ。例えば今日、何回笑顔になったかわかるか」

今日、朝起きてから、今までをゆっくりと走馬灯のように思い出してみた。今日は寝坊して電車が遅れてイラついた。売り出しの準備もやる気になれなかった。店長に怒られて、高木さんにキレた。笑顔と無縁な1日だった。

「今日は笑顔になった記憶はないですね」

「そうじゃろ、今日、君が笑顔が出せていれば、そしてサービス精神、感謝の気持ちがあれば、違った今日になっていたかもしれない」

「そんなこと言われても、良いこと無かったし仕事は面白くもないし笑顔なんて出せないですよ」

「そこじゃ、その考え方を変えないといけないんじゃ」

爺さんの声が少し大きくなり、俺に人差し指を向けた。

「良いことが無いから笑顔になれないと思っていると、それは周りに左右された生き方しか出来なくなってしまう。自分から笑顔を心掛ける。嫌な事、ムカつく事があっても笑顔を心掛けて、他人に目を向ける事で君は変わる。そして周りも変わる」

爺さんが熱く真剣に語ってくれている。テーブルに頭を擦り付けていたのは、冗談じゃなかったんだ。少し嬉しくなった。

「俺、うまくいきますか」

「うまくいくかどうかは考えるな。笑顔を心掛けて周りの人を楽しくする事だけを考えろ。そして現状に感謝しろ。これからは朝起きたら笑顔じゃ。そうしたら朝から気分がよくなる。嫌な事があっても、まず笑顔を作れ。周りの人をよく見ろ。おせっかいしろ。周りの人を喜ばせる事を考えろ。辛い思い、苦労している人を助けろ。これで君の人生は大きく変わる」

「わかりました。やってみます」

少しだけ勇気が湧いてきた。ここに来て、始めて良かったと思った。

「それから、君は必要の無い人間のように感じたと言うが、絶対にそんなことはないからな。君を必要としている人、君に感謝している人が必ずいるはずじゃ」

「今の俺を必要と思っている人や俺に感謝している人なんていますかね」

「間違いなくいる。それを意識しておけ。君の事を大切に思い、必要とし、感謝している人がいることを忘れるな。そして、より必要とされるように、そして感謝されるように生きる事じゃ」

店長と高木さんの顔が浮かんだ。

「本当に必要としてくれているんだろうか」

そんな事を考えていると、目の前がぼやけて、俺は意識を失った。

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続く 3幕へ

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