謎の爺さん幸せを届ける3

最初から 1幕へ

前の2幕へ

 

気が付くと不思議な感覚がした。

その理由は

わしは、さっきまでアドバイスをもらっていた爺さんに変わってしまっていたのじゃ。そして、わしの前に25歳の俺が座っていた。

わしは、いきなり45歳も歳をとってしまい、アドバイスをする側になってしまったのじゃ。

70歳になったわしの人生は後悔する事が多すぎた。その事を25歳の俺に伝えようとしていた。

毎日笑顔で過ごせばよかった。

周りの人を幸せにするといったサービス精神を持っておけばよかった。

周りの人に感謝する気持ちを持っておけばよかった。

仕事にもっと情熱を持っておけばよかった。

もっと親孝行しておけばよかった。

自分の体を大切にしておけばよかった。

25歳のあの日までに気付いておけばよかった。

店長に怒られて、高木さんにきつくあたってしまったあの日までに。

70歳になったわしは、あの日から人生の歯車が少しづつ狂い始めた気がしていた。

そして25歳の俺に説教するために、25歳の俺の夢の中に姿を見せたのだ。

 


 

まずは健康に注意してほしい。それと産んでくれたこと、元気に育ててくれた事を、父さん、母さんに感謝してほしい。

生命線は生まれつき良い状態じゃ。それは、父さん、母さんのおかげじゃ。それに気付かせようとしてみた。

「これが生命線じゃ。しっかりした線をしている。体は丈夫そうじゃな。両親に感謝しろよ」

少しは2人の事を思い出したようじゃ。近いうちに、実家に帰って顔を見せてくれれば良いんじゃが。

せっかくの生命線も、食生活の乱れのせいで少し乱れている。食生活の改善を気付かせようとしてみた。

「俺、長生き出来ますか」

少しは不安になったようじゃ。これから体を大切にして食生活を改善してほしい。少し安心させておこう。

「長生きできるかは、これからの君の生活次第だからわからん。今のところは大丈夫だろうがな」

俺は昔からカッとなって失敗することが多かった。これからも気を付けないと大きな失敗をしてしまう。今日、気付かせておこう。

「これが頭脳線でこれが感情線じゃ」

真面目に聞いておるな。

「頭脳線に比べて感情線が強いし乱れているな。感情に支配されやすいな。多分君はバカだな。ヒッヒッヒッ」

「……何でですか」

「冗談じゃ冗談じゃ、ヒッヒッヒッ」

イラつかせるような事を言ってしまったな。

自分自身の若い頃にアドバイスをするのは、やはり照れ臭いものじゃ。ついつい、からかってしまう。うまく話せないし、照れ笑いをしてしまう。

ダメじゃダメじゃ、真面目に話さないと。

「注意しないといけない事、それは怒りの感情などネガティブな感情が出た時じゃ。君はそれに支配されてしまって、冷静な判断が出来なくなるタイプじゃ。怒りの感情が出たら、その事を肝に銘じておけ。絶対に失敗するぞ」

これからの為にも怒りの感情やネガティブな感情をコントロールさせないといけない。真剣にアドバイスしてみた。

俺は落ち込んでいるようじゃな。多分、高木さんに対する態度を反省しているのじゃろう。

あまりにも落ち込んでいるので、少しからかってやろう。

「図星じゃったようじゃな。ヒッヒッヒッ」

何故か笑いが止まらなくなってしまった。

「ヒッヒッヒッ、ヒッヒッヒッ、君がうなだれている姿が情けなさすぎて笑いが止まらん。腹がよじける。ヒッヒッヒッ」

本当は俺の姿が情けないと思ったわけではなかった。何故か笑いが止まらなくなった。真面目にアドバイスして照れてしまったのじゃろうか。

そのせいで、俺はカッとなってしまったようじゃ。足を蹴飛ばされた。わしの伝え方がまずかったようじゃな。少し、からかい過ぎたようじゃ。わしは反省した。

「もう、帰ります。ほら千円」

ダメじゃ、本気で怒らせてしまった。わしが悪かったが、帰らせるわけにはいかない。まだ伝えたい事がある。

バーン!

わしは思いきりテーブルを叩いて、立ち上がり大声で叫んだ。

「まだ終わってないんじゃ~」

俺には悪いが、こうでもしないと、俺は本当に帰ってしまうと思った。俺の顔を見てみると少しビックリした様子じゃ。

わしも少し興奮してしまったので口元が震えた。笑顔をつくって、わし自身を落ち着かせた。何か言わないといけない。

「こうして失敗するんじゃ。ヒッヒッヒッ。わしも君と同じなんじゃ。カッとなると、見境が無くなる。そして取り返しのつかない事をしてしまう」

わしのアイスコーヒーがこぼれてしまった。千円札も汚れてしまった。やり過ぎじゃったかな。掃除しないといけないな。ほうきとちりとり、雑巾はどこじゃ。カウンターの横にあったように思うんじゃが。

床やテーブルを掃除しながら俺の横顔を眺めてみた。少し、気持ちに変化が表れたようじゃ。照れている場合ではない。もっとストレートに伝えた方が良いようじゃ。

悩みを聞き出して、解決策を提案してみることにしよう。

 

よし、今度こそ、真面目にアドバイスしてみよう。自分から笑顔を心がけて、周りに良い影響を与える存在になり、サービス精神をもって、周りへの配慮を忘れない事、他人の苦労がわかる人間になる事。

それが出来れば、人生は良くなる事を伝えたが、俺は「それだけで大丈夫ですかね」とか言っている。

今日は何一つ出来ていなかったじゃないか。それを気付かせておかないとダメじゃ。

わしは段々と照れがとれて、熱くなってきた。周りに左右される生き方ではなく、俺の存在で周りを幸せにする。そんな強い気持ちを持ってほしかった。

そして感謝してくれている人が必ずいるし、頼りにしている人がいることをわかってほしい。

うまく伝わったじゃろうか。わしは俺の顔を覗いてみた。

俺の目付きが変わってきたようじゃ。これで良い。きっと、すばらしい人生になるはずじゃ。

そう思っていると、また目の前がぼやけてきて、そして、わしは意識を失った。

 


 

やり直しの今日が始まった。

「眩しいなぁ」

部屋の窓から朝日が入ってきて、俺は目を覚ました。

目覚ましは知らない間に止めてしまってたようだ。

さっきのは夢だったんだ。俺は25歳に戻っていた。不思議でリアルな夢だった。夢の中の45年後の俺は何者だったんだろう。夢の中でのアドバイスを思い出した。朝起きたら笑顔だったな。俺は口角を上げてみた。45年後の俺の変な笑い方を少し真似てみた。

「ヒッヒッヒッ」

これは真似なくていいかもしれない。気持ち悪いだけだ。歳をとっても、この笑い方はしないようにしよう。それと自分のことを、わしと呼ばないようにしよう。サングラスは似合わないから買わないようにしよう。

夢の中でむかえた朝とは違い、何かが変わりそうな予感がした。

しかし、遅刻しそうなのは夢と同じだった。そして昨日店長に注意されて、遅刻出来ない状況も同じだ。

俺は夢の朝と同じように慌てて準備をして家を飛び出した。俺は準備している間も走っている間もずっと笑顔でいた。気持ちの良い朝になった。

商店街に、夢と同じように爺さんがいた。俺は思いきって、舌打ちではなく、挨拶してみようと思った。

「おはようございます」

「おー、おはよう」

手を振ってくれた。

俺も走りながら手を振った。

駅に到着した。やはり電車は遅れているようだ。駅員がサラリーマン風の乗客に状況を説明しているようだ。その乗客の顔は鬼のようだった。駅員は頭を下げていたがサラリーマンは納得していない様子だ。その後も駅員は鬼の対応やホーム内の安全確認に大変そうだった。

小さな子供の手をひく女性の姿が見えた。子供が泣き出しそうになったので、抱っこして子供の背中を軽くトントンと叩いていた。子供は女性の胸に顔をうずめた。

遅れていた電車がホームに入ってきた。駅員は乗客の安全に気を配っているのがよくわかった。

周りに目を配るといろんなものが見えてくる。俺は今まで見えていなかった。周りの苦労に気付いてなかった。

安全に目的地までたどり着けるのが当たり前のように思っていたが、実はこの駅員達のご苦労のおかげなんだな。俺は心の中で呟いた。

「いつも、有難うございます」

少し気分が晴れやかになった。

電車は満員だったが、先客にスペースを空けてもらい乗ることができた。

「すいません。有難うございます」

そう言ってから空いたスペースに乗り込んだ。

ホームには、さっきの子供を抱っこした女性の姿が見えた。子供は泣き出してしまったようだ。女性は子供に頬をすりよせて抱きしめていた。電車に乗るのをあきらめたようだ。

これだけ満員だと、あの子を抱っこしたまま電車に乗り込むのは大変そうだし、あの子も可哀想だもんな。そう思ったが俺がしてあげられる事は何もなかった。少し虚しく感じた。

職場に到着した。皆、忙しそうに売り出しの準備をしていたが、俺は昨日まで何も考えていなかったので途方に暮れていた。

店長はいつものように各売場をまわって声を張り上げている。これまでは鬱陶しいとしか思っていなかったが、よく観察すると、店長は皆に元気に仕事してほしいと思っているように感じた。

店長が俺の所に来た。

「西山、売り出しの準備は大丈夫か」

「すみません、何も考えてなくて準備出来ていません」

夢とは違い、正直に答えた。怒られても仕方がない、そう思った。

「そうか、相変わらず困った奴だ。今日の売り出しの事、何も考えてなかったのか。とりあえず、今から出来そうな事を考えてみろ」

店長はそう言って高木さんの売場の方に目をやっていた。

「高木さんの手伝いをして良いですか」

店長はその言葉を待っていたようだ。俺に向けて親指を立ててから俺の肩をトントンと叩いた。

「それが良い。高木はいつも大変そうなんだ。今日も大変そうだから、助けてやってくれ」

店長はいつも高木さんが大変そうなのを気付いていたんだ。俺は全く気付いてなかった。

俺は高木さんの売場へ向かった。高木さんの横には、これから並べるであろう商品が、段ボール箱で高木さんの背丈ほどまで積み上げられていた。まるでマンハッタンのようだ。これを今から並べるのか。小柄な高木さんには大変だろうな。何故、今まで気付けなかったんだろう。

「高木さん、おはよう。何か手伝える事あれば手伝うよ。頭使うのは無理だけど、力仕事なら任せてよ」

俺は腕捲りした。

「ほんと、手伝ってくれるの。すごく困ってたの」

そう言って嬉しそうに手を合わせた。

「店長がこの台を棚の上にのせてから、商品を並べた方が良いって言うんだけど、この台、重たくて持ち上がらないのよ」

「よし、任せて」

この台の重さは知っていた。やはり夢と同じく気合いを入れないと持ち上がらない重さだ。

「ヨイショッ」

俺は夢の時よりも気合いをいれた。

「これでいいか」

「パチパチパチ、よく出来ました。西山くん、有難う。すごく助かった」

そんなに大したことしていないが、感謝されて嬉しかった。

「他にも手伝う事あれば手伝うから何でも言ってくれよ」

「すごく有り難いけど、西山くん、自分の事しなくても大丈夫なの」

「大丈夫、店長も、高木さん手伝った方が良いって言ってたし、遠慮なく言ってくれよ」

「ほんと、じゃあ、遠慮なくお願いするね」

その後、高木さんは本当に遠慮なく仕事を言いつけてきた。俺はこれまでで一番、一生懸命に仕事をしたかもしれない。そして一番、楽しい仕事だったかもしれない。

 


 

店が開店して、たくさんのお客さんが来店してくれた。

高木さんの売場を手伝っていると年配のお客さんから声をかけられた。

「このお店の店員さんは、いつも親切だね。重たい荷物を持っていると助けてくれるし、明るく声をかけてくれるし、いつも元気をもらっているよ。有難うね」

俺が何をしたわけではないが、感謝されて嬉しかった。これからもっと感謝されるようになろうと思った。

「今日、咲希ちゃんは、お休み」

「高木さんですか、倉庫に行っています。すぐにもどってきます」

「咲希ちゃんは、いい娘だね。可愛いし、親切だし、しっかり者だし、いいお嫁さんになるよ。お兄さん、独身なら咲希ちゃんにプロポーズしたらいいのに」

「あぁ、そうですね、僕もそう思います」

俺は顔が熱くなった。何故か、高木さんが褒められて嬉しくなった。

仕事が終わった。帰り支度して、高木さんと休憩室にいると、店長が入ってきた。

「店長、お疲れさまでした」

「おぅ、高木、お疲れさま。今日の企画も良かったな。売場も完璧だし有難うな。売り上げも一番良かったよ」

店長は満足そうな表情だ。

「さっき北山が、又、高木に負けたって悔しがってたよ。北山も頑張ってくれてるし、皆、頼もしいよ」

「有難うございます。今日は西山くんが手伝ったくれたおかげです。すごく助かりました」

「そうか、西山もいいとこあるな。朝から、ずっと手伝ってくれてたのか、有難うな。西山も企画を高木に教えてもらったら、もっと良くなると思うぞ」

「そうですね、今日は準備不足でした。これから高木さんを見習います。今日、高木さんと一緒に仕事をして、つくづく思いました」

俺の素直な気持ちだ。夢とは違って充実した気分で帰路についた。

 


 

高木さんから今日のお礼にと食事に誘われた。少し気持ちは揺らいだが、用事があると言って断った。お礼は俺の方がしたいから、今度、給料が入ったら食事を奢らさせてくれと約束して別れた。

俺は夢と同じように、暗い裏道を通って帰った。夢で見た駅裏の青と白のコンビニへ向かった。

コンビニの隣の大きな看板を探したが、見当たらない。代わりに小さく光る看板があった。そこには「珈琲  Saki 」と書かれていた。

「ただの喫茶店か」

外観は夢と同じように見える。俺は中に入ることにした。ドアを開けて中を覗いた。

店内も夢で見た景色とよく似ている。カウンターやテーブルの位置などは同じだ。違うのは、店内に珈琲の香りが充満しているのとカウンターの上にあった手相のイラストや壁のポスターが無いことだ。

そしてもうひとつ、大きな違いは、カウンターには爺さんではなく、年齢は爺さんと変わらないだろうが、小柄で品のある綺麗な女性がいることだ。

俺は夢で座ったテーブルと同じテーブルに座り、もう一度、店内を見回した。

「いらっしゃいませ、何か気になるところでもありますか」

そう言って、水を運んできてくれた女性も店内を見回しながら尋ねてきた。

「いえ、そんな事ないです。ちょっと手相のイラストが無いかなと思いまして」

「……手相ですか」

「あっすみません、すみません、忘れて下さい。ごめんなさい」

あれは夢だったんだから、あるわけないな。

「フフフ、面白い人ですね。手相に興味でもあるんですか」

「一瞬だけ興味が湧きました」

「フフフ、そう一瞬だけなの、で、ご注文は」

「あっ、アイスコーヒーをお願いします。それから、あの、ミルクもシロップもいりません。ブラックで」

「そうね、コーヒーはブラックが良いわね」

俺はアイスコーヒーを待っている間も店内を見回した。やっぱり夢の中で見たのと同じだ。

「はい、どうぞ、お待たせしました」

女性がアイスコーヒーを運んできてくれた。夢の中で飲んだアイスコーヒーとは違い本格的な香りがした。

「はい、どうぞ、アイスコーヒーブラックね」

「有難うございます。いただきます」

「お客さん、ご機嫌良さそうね。今日は良い日だったの」

「そうですね、すごく良い日でした。この店のおかげです」

「えっ……どういうことかしら」

「いや、何でもないです。気にしないで下さい」

こうして、やり直しの今日は、無事に終わった。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です