超短編小説 心の声が聞こえる

私には不思議な能力がある。それは他人の心の声が聞こえてくる事だ。

すごい能力のように思われるだろうが、実はそんなに良いものではない。その理由は、私の意思で出し入れが出来ないからだ。

相手と話していると、急に心の声が聞こえてくる。そして急に聞こえなくなる。

私は能力と思いたいが、本当は病気なのかもしれない。

これのせいで、私は40歳を過ぎても独身だ。これのせいにするのは卑怯な気もするが、少なからず影響しているはずだ。

気になる女性をデートに誘っても、デートでうまくいくことはなかった。私に魅力がないことはよくわかってはいる。私にデートに誘われても、喜んでない事もわかっている。しかし、その事を心の声で聞いてしまうと、好きな気持ちもアタックする気持ちも失せてしまう。

例えば

女性の心の声
「せっかく誘ってくれてるのに断るのは、申し訳ないな。一度だけはデートしてあげようかな。でも、一度でもOKしたら、しつこく付きまとわれても困るし」

女性の心の声
「○○君なら嬉しかったのに、この人の事、興味ないしな。その日は暇だし、断るのもなんだし付き合ってあげようか」

女性の心の声
「この人とデートしてみたけど、向かいに座っているようなイケメンとだったら楽しかったろうなぁ」

実際の声で断られたりフラれてもアタックするファイトが湧いてくるかもしれないが、心の声で聞いてしまうと、なかなかキツい。

恋愛は知らないでいいことは知らない方が幸せなのだ。能天気な方が良い。

先日も婚カツパーティで知り合ったユカリという女性とうまくいきそうに思ったが、ダメだった。

婚カツパーティの場でユカリの心の声が聞こえた。

ユカリの心の声
「優しそうな人だな。この人なら良いかも。でも、お金持ちそうだから、私とは不釣り合いかも」

私はお金持ちではないが、婚カツパーティー用に見栄はったので、ユカリにはお金持ちに見えたのかもしれない。「優しそうな」は、実際の声でも、心の声でも女性が私を評価する中で一番多い表現だ。

ユカリとは何度かデートを重ねたが結局、ユカリの心の声を聞いてあきらめてしまうことになった。

ユカリの心の声
「高価なプレゼントや高級な美味しい食事は嬉しいけど、もしかして私はそれに憧れているだけかもしれない。本当にこの人を好きになっているわけじゃないのかも。このままじゃ、私も彼もダメになりそう。お互いのために今後会わない方が良いように思う」

私も婚カツパーティで見栄をはった手前、後には引けないで、そこそこ無理して高価なプレゼントをしたり高級レストランに行ったりして、このままだと続かないなと思っていた。そんなタイミングでユカリの心の声を聞いた。その後、お互い、連絡をとらないようになり自然消滅してしまった。

ユカリにはそこそこのお金を貢いだが、婚カツの場で見栄をはりすぎると後々大変な事になることを学べた。少し高い授業料だったかもしれないが仕方がない。

 


 

私の職業は手相家だ。他人の心の声が聞こえるので、カウンセラーのような仕事をやりたいと思って手相家を始めたのだ。心の声が聞こえる事が今の仕事に役に立っているかというとそうでもない。

やはり、私の意思で鑑定相手の心の声が聞こえないことには、肝心な時に役に立たない。

鑑定相手の心の声がよく聞こえる時は、相手も当たっている事に驚いてくれる。

「何故、わたしの気持ちがわかるんですか。すごいです」

そう言われると、まんざらでもない。相手も私の事を信じてくれるので、鑑定もスムーズに進む。

 


 

今日、鑑定に来た若い女性は、これまでで一番心の声が多く聞こえた。しかし、やりやすかったかと言うと、そうではなかった。心の声の内容が深刻過ぎたからだ。

その若い女性は、私が昼食を済ませて、そろそろ退屈してきた頃に現れた。

名前はサキと言った。年齢は24歳だが、年齢のわりには地味な服装のせいで老けた印象だ。顔は化粧っ気が無いが、よく見ると綺麗な顔をしている。化粧して服装にお金をかければ、すれ違う男が皆、振り返るくらいの女性になりそうだ。

 

サキ「予約してませんが、今から鑑定していただけますか」

私「今から大丈夫ですよ」

サキ「そうですか、急で申し訳ありませんが、よろしくお願いします」

私はこのサキという女性を鑑定用のソファに案内して、温かい珈琲でよいかたずねた。サキはコクリと頷いた。私は珈琲を準備してサキの前に置き、鑑定の準備をした。

私はサキの前に座って、少しリラックスさせようと今日の天気、朝テレビで知った芸能ニュースなどを話した。サキはあまり興味を示さなかったので、あっさりと終わってしまった。サキの心の声が聞こえたら、もう少しサキの興味ある話題を話せたのに。これ以上はしらけるだけなので鑑定を始めることにした。

私「それでは、鑑定始めましょうか。両手を見せて下さい」

私は両手を広げて見せた。サキは両手を恐る恐るといった感じで、私の前に差し出して、かぼそい声で質問してきた。

サキ「これからの私の人生はどんな人生になるんでしょう」

私がサキの質問に答える為にサキの手相を見ようとした、その時サキの心の声が聞こえてきた。

サキの心の声
「こんな事聞いても仕方ないんだけど、この後、私死んじゃうんだから」

私はサキの心の声に動揺してしまった。「死んじゃう」てどういう事だろう。不治の病なのか。少し自分を落ち着かせて、サキの手相をみることに集中しようとした。

私「生命線はきれいでしっかりしていますね。長寿の相ですよ」

私はあえて長寿という言葉を使ってみた。現に彼女の生命線は長寿の相と言われる、とても良いものだった。

サキの心の声
「わたし長寿の相なんだ。でも生きていても良いことないし、私の長寿の相を誰かにあげたいな」

彼女はもしかして自殺するつもりなのか。それならなんとか止めないといけない。

私「何か悩み事とかありそうですね。ご相談にのりますよ」

サキ「えっ、悩んでることわかりますか。でも……、大したことじゃないんです。少し落ち込んでしまって……」

さすがに本心は出さないな。どうしようか。

私「そうですか。ほとんどの悩みは後で考えてみると、大したことないものです。悩んでいる時は、冷静な判断が出来なくなりますので、変に行動を起こさないでじっとしておいた方が良いですよ。嵐はいつか過ぎ去って、きっと素晴らしい日々が訪れますから」

私は当たり前の事だが、早まらないでほしいと思った。素晴らしい将来が待っていることを伝えて希望を持ってほしい。これも嘘ではない。彼女の運命線や太陽線をみると将来有望だったのだ。

サキの心の声
「この方は、私の悩みに気付いてくれてるみたい。すごい方だわ。でも、私は、もう無理だわ。貯金が底をついちゃったし、人間不信で仕事にも就けそうもないし、やり直すチャンスは無いわ。人生の最後にこんな素晴らしい方に会えたことは幸せだったわ」

ダメだ、自殺する気持ちは止まっていないようだ。どうしたら良いんだろう。彼女は経済的にも苦しいのだろうか。何故、人間不信になったんだろう。仕事にも就けないのだろうか。

私「仕事は何をされているんですか」

サキ「あっ、はい、フリーターでしょうか」

サキの心の声
「仕事もしていなくて、お金も無いなんて恥ずかしくて言えない。死ぬ前なのに少しプライドが出ちゃった。特にこの方には、恥ずかしくて言えない。死ぬ前に恋しちゃったのかも」

絶対、彼女を死なせたくない。借金だろうか。お金があれば何とかなるのかな。仕事が見つかればなんとかなるのかな。しかし、もっと根本的な悩みがありそうなんだけど。そこについては彼女の心の声は聞こえてこない。

私「財運線を見ると、少しお金で苦労しそうですね」

私は嘘をついた。彼女の財運線はそんな悪いものではなかった。

サキ「……」

彼女は下を向いたままだ。何も話そうとしない。私は彼女の心の声を聞き出そうとしてみた。聞きたい時には聞こえないのが、もどかしい。

少し沈黙が続いた。私はどうすれば彼女を救えるか考えていた。やっと彼女の心の声が聞こえてきた。

サキの心の声
「この方にお金で苦労していること、気付かれたわ。やっぱりすごい方だわ。思いきって、この方にとりあえず必要なお金20万円だけでも借りようかな。そしたら死ななくてもすむかもしれない。けど初対面の方に、そんな大金借りれるわけないか」

やっぱりお金が必要なんだ。どう切り出せばよいだろう。いきなり、お金貸しますよと言うわけにいかないし、

私「手相家をしてますと、いろんな悩みを抱えた人と出会います。異性関係で悩む人、仕事で悩む人、お金で悩む人、本当にいろんな悩みがあります。しかし、解決出来ない悩みは何一つありません」

どう切り出そうか悩んだが、少々強引でも仕方ない。人助けだ。

私「お金で悩む人も多いので、私の鑑定所では、少額ですが貸し金もやっています。それで助かる人もいるもんですから、もし良かったらご利用になりますか。金利は大して高くないですよ」

私は嘘をついた。そんな事はやっていない。しかし、この女性が自殺を思い止まってくれる為だ。

サキ「いくら位ならお借り出来ますか」

私「本当の貸し金ではありませんので、貸せる金額は20万円までです」

サキの表情がホッとしたように見えた。

サキの心の声
「嬉しいけど、これに甘えてもいいのかな、返すあても無いのに」

私「返済はいつでも良いですよ」

私は人助けだと思っていたので、返済を期待していなかった。そんな事よりお金を受け取って、自殺を思い止まってほしかった。

サキ「本当に良いんですか。必ず返済します」

そうして簡単な形式だけの手続きで20万円をサキに貸した。

サキ「有難うございます。ここに来て本当によかったです」

私「これからの人生を素晴らしいものにして下さい」

サキは何度も何度も頭を下げて、鑑定所から出ようとしない。私も少し名残惜しかったが、サキに「早く行きなさい。人生やり直す為に」と言って背中を押した。サキはドアの前で振り返り深々と頭を下げて出ていった。

私は人助けして気分が良くなった。鑑定所は早めに閉めて、祝杯の為に行きつけの焼き鳥屋へ向かった。

 


 

サキは鑑定所を出て、駅へと歩いていた。歩きながらスマホを手にとり、電話をした。

サキ「あっ、ユカリさんお久しぶりです。サキです。この前、教えてもらった男の人のところに、今行ってきました」

ユカリ「それで、うまくいった」

サキ「はい、簡単でした。ユカリさんの言った通りでした。心に話しかけると簡単に騙すこと出来ました。サヤカにも教えて良いですか」

ユカリ「少し間はおいた方が良いと思うけど」

サキ「そうですね、サヤカに教えるのは少し後にします。ユカリさん教えてもらったお礼に、美味しい物ごちそうしますよ。今からどうですか」

サキとユカリはお互いに声を出して笑った。

私は焼き鳥屋で、いつもより酒がすすんだ。本当に充実した日になった。

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