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超短編小説 バラ色の人生をあなたに

「ヨウコ、お疲れ」

「ミワさん、お疲れさまでした」

「ヨウコ、時間あるなら飲みに行かない」

「ミワさん、ゴメンなさい、明日、母が誕生日で、これからプレゼント買いに行かないといけないんです。お茶だけなら大丈夫ですけど」

「そっか、じゃあ、アルコールは、やめとこ」

あたしは、ヤマサキ ヨウコ。先輩のミワさんと、これから会社近くのカフェでお茶することになった。

「ヨウコ、最近は、どうなの、男とか仕事とか」

「うーん、てとこですかね。仕事は、まずまず順調かなと思いますけど、男は出会いが無いですね。ミワさん、誰かいい人いませんか」

「ヨウコなら、すぐ見つかりそうなんだけどなぁ。残念ながら、あたしの周りには、たいした奴、いないわ」

そう言って、お手上げのポーズをとった。

「ミワさんは、彼氏さんと順調なんですか。そろそろ結婚とか」

「実は、それをヨウコに報告したかったの」

ミワさんが少し身を乗り出した。

「えっ、結婚するんですか」

「まぁ、来年には結婚しようかなと」

今度は椅子に、少しもたれかかり、照れ臭そうに、うつむいた。

「おめでとうございます」

「ありがと」

ミワさんは顔をあげて、ニッコリと笑った。

その後は彼氏さんの話しやら、結婚への期待と不安をたっぷりと聞かされた。

「ヨウコ、それじゃ、また明日ね。付き合ってくれて、ありがと」

あたしはミワさんと別れて、母のプレゼントを買いに、隣町へと向かった。

今年は帽子をプレゼントしようと決めていた。以前からチェックしていたので、スムーズに買い物は終わった。

「母さん喜んでくれるかな」

そんなこと思いながら、駅からの高架沿いの道を歩いていると、奇妙な看板が目に飛び込んできた。

「バラ色の人生をあなたに」

そう書いてある。

「なに、これ」

ここは不動産屋だったように記憶してたんだけど、いつの間に変わったんだろ。

ガラス張りで、店内の様子がよく見える。以外と言っては、失礼かもしれないんだけど、お客さんは多そうだ。

「バラ色の人生かぁ、あたしもなりたーい」

ミワさんの幸せそうな笑顔を思い出した。

店内にいる人を見て、あの人達は、ここで本当にバラ色の人生をつかめるのかな。そう思うと、あたしは取り残されるような不安に陥ってしまった。

ミワさんの結婚話の後だけに、余計に取り残されると思ったのかもしれない。

気が付くと、あたしはガラスのドアを引き、店内に入っていた。冷静なら、この店に入らないと思うんだけど……どうしてしまったんだろ。

「いらっしゃいませ、ご来店ありがとうございます」

受付の女性は、年齢はあたしより少し上だろうか、落ち着いた知的な感じだ。

ショートカットに小柄な体格だが、グレイにストライプのスーツ姿が彼女の存在感を大きくしている。

「はじめてのご来店でございますか」

「はい、そうですけど」

「ありがとうございます。では、3番の席でお待ち下さい。すぐに担当者が参ります」

あたしは、案内されて、3番の席に座った。

席は、カウンター席を仕切った形で、銀行の相談窓口のような感じだった。1番から5番まである。あたしが入る3番以外は、すでに先客が入っていた。

あたしは三番でしばらく待っていると担当者が現れた。

「どうもです、担当のタナカです……お願いします……」

「はじめまして、ヤマサキです。こちらこそ、よろしくお願いします」

「……それでは、あなたの人生をバラ色にします」

担当のタナカと名乗る男は、あたしより若い、20代前半といった感じ。オドオドした印象で、この人からバラ色の人生と言われても説得力がないなぁ。それが彼への第一印象だった。少し意地悪な質問をぶつけてみた。

「タナカさんの人生は、バラ色なんですか」

タナカさんは、少しとまどった様子で、下をむいてしまった。そして、あたしの質問への答えは

「……ええ、今はバラ色だらけです……」

ホント、あなた大丈夫なの。バラ色だらけってどんな状態よ。そう思ったけど、とりあえず、タナカさんの話しを聞くことにした。

その後のタナカさんの話しは意味不明だったので、あたしは単刀直入に聞いた。

「あたしの人生は、どうしたらバラ色になるんでしょうか」

「あっ、えっと、これ、これです」

タナカさんは小さな箱をテーブルに置いた。長さが10㎝、幅5㎝ほどの長方形の薄っぺらい箱だった。板チョコでも出してきたのかと思った。

「これは、何ですか」

「えー、これはですね、中に、こういった物が入っています」

そう言って、タナカさんは、中身を取り出そうとして箱を開けた。不器用なのか緊張しているのか、手が震えているようで、うまく取り出せないでいる。

やっと出てきた、それは、熱を冷ます為に、おでこに貼るシートのような物だった。違うのはシートの色がブルーではなくて、バラ色なところだ。

「これが、私のオリジナル商品、バラ色シートです」

「私の?」そうじゃないでしょ。「弊社の」の間違いでしょ。そう突っ込みたくなった。

「これをですね、夜寝る前におでこに貼ってください。寝ている間にシートからあなたの体内にバラ色エキスが注入されていきます。このシートの色がバラ色から白色に変われば、注入完了です。これで、あなたの人生は、バラ色に変わります」

箱に書いてある文章をそのまま読んでいた。笑顔もなく、緊張している様子だった。

周りからは、笑い声や盛り上がった会話が聞こえてきているのに、3番だけは静かなままだった。

「これだけでバラ色の人生になるんですか」

「……ええ、そのはずです」

自信なさげな返答だった。あんまり信じられないなぁ。特にこの担当者は頼りない感じがする。

「それで、これをあたしが購入すればいいわけですか」

「えっ、あっ、はい」

タナカさんのまばたきが激しくなっていた。

やっぱり頼りないなぁ。人を騙すような悪い人間では無さそうなんだけど、どうしようか。

「おいくらですか」

「あっ、これはですね、えっと、9800円です」

えっ、このシートがそんな値段なの。高いと思ったけど、本当に一晩でバラ色の人生になるなら安い。あまり乗り気では、なかったけど、頼りない担当者が、少し可愛そうに思えてきたのと、もしかしたらの期待とで購入することにした。

「はい、これで」

あたしは、頼りない担当者に1万円札を渡した。

「あっ、ありがとうございます。……しばらくお待ちください」

頼りない担当者はそう言って席を離れた。

「おまたせ致しました。お釣りとレシートです。そしてこれがバラ色シートです」

「あっ、はい」

あたしはお釣りを受け取り、バラ色シートの入った小さな紙袋を受け取った。

「あなたの人生がバラ色になりますように。ありがとうございました」

頼りない担当者は、マニュアルに書いている文章でも読んだのだろう。心のこもっていない言葉を口にして、深々と頭を下げた。

あたしは軽く会釈して席を立ち、出口へと向かった。

周りを見ると、1番、2番の先客は、まだ盛り上がっているようだった。奥の4番、5番もまだ終わっていない。もしかして、あたしだけ、あっさり終わったの。

受付の女性も頭を下げて、あたしを見送ってくれた。

 


 

これがバラ色シートか。本当に効果あるのかな。

あたしは、お風呂からあがり、言われた通り、おでこにシートを貼って眠った。

朝起きた。シートが外れてないか心配していたけど、大丈夫だった。熱を冷ますシートなら簡単に外れてしまうのに、そこだけはスゴいと思った。

あたしはおでこに貼り付いているシートを外して、色を確認した。

「なんで」

シートの色は白くなっていなかった。バラ色のままだった。やっぱり騙されたのかなぁ。

今日一日過ごして、バラ色の人生になっていなかったら、昨日の店にクレームを言いに行ってやろう。

 


 

いつも、通勤の時に同じ車両に乗る男性がイケメンでタイプなんだけど、一つ手前の駅で降りてしまう。

バラ色シートの力で

そのイケメンが、あたしの降りる駅までついてきて告白してくれるなんてことないかなぁ。

あっ、いたいた。やっぱりイケメンだなぁ。

ガタンガタン、ゴトンゴトン

おーい、あたしの存在に気付いてぇ~

あーぁ、あっさりと降りていっちゃったわ。まぁ、期待したあたしがバカなんだけど。

今日、バラ色の人生になる為に期待できそうな事って何かなぁ。新規の取引先で商談が入ってたけど、どんな人かなぁ。

すごいイケメンで、名刺交換した途端に、お互いに、一目惚れしてお付き合いするみたいな事が起こるのかもしれない。

「ヤマサキさん、新規商談の方、来社されてますので、商談室にお通ししました」

「すみません、ありがとうございます」

少しドキドキするな。

「お待たせいたしました」

ガチャ

いつもより、少し、おしとやかに商談室に入った。

 

「本日はありがとうございました。今後とも、長いお付き合いをよろしくお願いいたします」

「こちらこそ、ありがとうございます。本日は良い情報をありがとうございます」

今日は、いい商談が出来て良かった。

もうひとつ、期待していたことは、商談相手の顔を見た瞬間に気持ちは失せていた。

 


 

結局、バラ色シートの効果は無いまま、今日が終わりそうだ。昨日の店に行って、シートの色が変わってなかった事を伝えに行こう。

店の前に着いて中を覗いた。昨日ほど多くないけど、人は入っているようだ。

「すいません」

「いらっしゃいませ、ご来店ありがとうございます」

昨日と同じ女性だ。この人は昨日の担当とは違って信頼できそうなんだけどな。

「はじめてのご来店でございますか」

「いえ、昨日も来たんですけど」

「さようでございますか、失礼致しました」

女性はそう言って、丁寧に頭を下げた。

「昨日、バラ色シートを購入させていただいた者です。さっそく使用したんですが、朝になってもシートの色が変わらなかったんです」

「……バラ色シートを購入ですか」

女性は不思議そうに、今までの笑顔から、困った表情に変わっていった。

「申し訳ございませんでした。会員証をお持ちですか」

「会員証ですか、そんなもの、もらっていませんが」

今度はあたしが、不思議そうな表情になっていただろう。

「昨日の担当の名前を、お聞かせ頂けますか」

「ええ、確か、タナカさんです」

担当してくれたタナカの名前を伝えると、女性の顔がひきつったように見えた。

「タナカ……ですか、お客様、申し訳ございません。すぐ、責任者が参りますので、しばらく3番の席でお待ちください」

今日も3番だった。1番、2番は先客が入っている。4番、5番は空いていた。

しばらくすると、40歳位の男性が現れた。

背が高く、ダンディで清潔感のある人だ。

「はじめまして、私、責任者のカガワと申します。この度は、大変ご迷惑をおかけしまして申し訳ございませんでした」

そう言って、深々と頭を下げた。

「あたしはヤマサキと申します。よろしくお願いします」

「よろしくお願い致します」

そう言って、カガワという男性は椅子に腰かけた。

「受付から報告をもらった内容を確認させていただきます。よろしいでしょうか」

そう言って、ノートを開いた。

あたしは軽く頷いた。

「昨日の担当者がタナカとお伺いしているのですが」

「はい、タナカさんでした」

「バラ色シートを購入したと聞いておりますが」

「はい、タナカさんから、9800円で購入しました」

カガワという男性は、おでこに手を当て、下をむいて、ため息をついていた。店側に何かミスがあった事はわかった。

「今回は、大変ご迷惑をお掛け致しました。私共の従業員の教育不足により、間違った情報をヤマサキ様に伝え、高額な料金を支払わせることになってしまいましたことをお詫び申し上げます」

カガワさんは立ち上がり深々と頭を下げた。

「どういうことですか」

あたしは意味がわからなかった。

「はい、お恥ずかしい話しですが、昨日ヤマサキ様を担当したタナカですが、新入社員の研修生でして、ここのシステムは、まだ理解しきれておりません。昨日は忙しく雑用をやらせていたのですが……まさか勝手にカウンター業務をやってしまっていたとは……本当に申し訳ございません」

「で、どうなるんでしょう」

「はい、まず、ご返金はさせていただきます」

「バラ色シートは不良品だったんですか。色が変わらなかったんですけど」

「あっ、はい、それにつきましては、一度弊社のシステムについて、ご説明させて頂きたいのですが、よろしいでしょうか」

「はい、あたしも聞きたいです」

「ありがとうございます」

カガワさんは、そう言って椅子に腰かけた。

「弊社のシステムでございますが、ご来店頂いた方には、まず、審査を受けて頂いております」

「審査があるんですか」

「さようでございます。弊社はカウンセリングが主なサービスなんですが、審査結果でカウンセリングが必要と判断した方のみ会員になって頂いております。必要が無いと判断した方は、粗品をお渡しして、お帰りいただいております」

「あたし、今からでも審査受けれますか」

「はい、ご希望でしたら、すぐに準備いたします。しばらくお待ちください」

カガワさんは、そう言って、席を立った。

昨日、あたしだけが早く終わったわけだ。

「お待たせいたしました。まずは、このシールをおでこに貼っていただけますか」

何の変哲もない直径3㎝くらいの白いシールを渡された。

「これを、おでこに貼るんですか」

「はい、出来るだけ、真ん中に貼って下さい。それから、このアンケートにお答えいただけますか」

「わかりました」

あたしは、おでこにシールを貼り、アンケートを記入した。アンケートの内容は細かくて、自分の人生を振り返るのにも役立ちそうな内容だった。

おでこにシールを貼っている顔は、まぬけな顔だろうなと思い、にやけてしまった。

「そろそろいいですね」

カガワさんは、そう言って、おでこのシールを見ていた。

おでこのシールを見られると、まぬけな顔で、少し恥ずかしくなった。

「シールを取って、テーブルに置いて下さい」

あたしは、さっさとシールをとり、テーブルに置いた。

「見てください、シールの色がバラ色ですよね。これの意味は、あなたの人生がすでにバラ色の人生だという事なんです。ここに来たのは、それに気付いていないだけで、私共のカウンセリングの必要はありません」

「あたしの人生は、すでにバラ色なんですか」

「そうですね。このシールの色でもわかりますし、昨日のバラ色シートの色が変わらなかったことから考えても、間違いないでしょう」

「バラ色シートは、何故白くならなかったんですか」

「バラ色シートの役割は、カウンセリングを受けた後、効果を早める為にバラ色エキスを体内に注入していくのです。体内のバラ色エキスが満杯になると、それ以上は注入されなくなりシートの色が変わらなくなります。その時点でカウンセリング終了となるわけです。ヤマサキ様の場合は、すでに体内のバラ色エキスが満杯なので、バラ色シートの色が白くならなかったのだと思われます」

「そうなんですか。あたしはすでに、バラ色の人生ということですか」

「間違いありません。あなたの人生は、すでにバラ色です」

これは喜んでいいのかな。そうなると帰るしかなさそうだ。

「わかりました。じゃあ帰ります」

「ありがとうございました。この度は本当にご迷惑をお掛け致しました」

あたしは返金のお金と粗品を受け取り、軽く会釈をした。

受付の女性にも軽く会釈して店を出た。

あたしの人生は、すでにバラ色だったんだ。そう思うと、なんか自信が出てきて、嬉しくなってきた。

この店は、看板の言葉通り、あたしの人生をバラ色にしてくれたかもしれない。

よーし、バラ色の人生を満喫するぞ~!

あたしは大きく手を伸ばし背伸びした。

「ガチャーン」

後ろで、何かが激しく割れる音がした。

振り返ると、頼りない担当者が裏口でゴミを片付けていたみたいだが、ガラスの入った箱を落としてしまったようだ。タナカくん、あなたも早くバラ色の人生になりなさい。

近付いて、一緒に片付けてあげようと思った。

「あっ」

頼りない担当者があたしの顔を見て驚いた様子だった。昨日の事を覚えているようだった。

「あなたね~、何も知らないのにカウンター業務したらダメじゃない。上司に怒られたでしょ」

「あっ、はい、すごく怒られました。本当にごめんなさい」

「まぁ、いいけど。少し楽しめたから。でも何で、そんな無謀なことしたのよ」

「えーっと……、あなたが店に入ってきた時、綺麗すぎて……、一目惚れしちゃって……、話しがしたいと思って……、気付いたら、カウンターに座ってたんです。頭は混乱してバラ色だらけでした」

「えっ、バラ色だらけ……」

 


 

その後、あたしは年下の少し不器用だけど可愛い彼氏が出来た。

確か、この彼氏に始めて会った時、彼はあたしに、少し不安そうにだったけど

「……それでは、あなたの人生をバラ色にします」

そう言ったはずだ。

約束通り、あたしの人生を、もっともっとバラ色にしてもらうぞ。